KURODAMA HISTORY くろ玉を知る 一幸庵 水上力氏の伝え聞き。

くろ玉がいつ、誰の手によって作られたのか。その起源は、澤田屋の長い歴史の中で明確になってはいませんでした。
その手がかりとして、東京都小石川に店をかまえる水上力さんに会いに行きました。
水上さんのお父さまは修業時代、澤田屋で働いており、くろ玉の誕生に関わっていたと水上さんは伝え聞いていました。くろ玉のこと、そして水上さんがお父様から受け継いだ職人としての心構えもお聞きしました。

― 水上さんがお父様からくろ玉の話を聞いたのはいつ頃の話なのでしょうか?

わたしは戦後の生まれでして、若い頃は自分の親父の職人時代の話を聞く機会なんてなかったんですよ。 親父もそんなことを息子に語るような人ではなかったですからね。 親父からくろ玉を自分が作ったんだという話を聞いたのは、わたしが自分で店を持つようになってからですかね。 父も引退して、そんなことを話してくれたのはわたしもびっくりしたできごとだったんですよ。 その話口から感じられたのは、くろ玉を産み出したという誇りが感じられる口調でしたね。 思入れがとてもあることを感じたことがあって、どこかの観光地に行ってお土産屋さんにくろ玉があると、そのお土産屋さんに入って「これは僕が作ったんですよ」とまったく知らない人に喋りかけるんですよ。 こっちは恥ずかしかったけどおかまいなしでね。 近所でもくろ玉の話を多くしていたのか、『くろ玉先生』なんて呼ばれていたみたいなんです。

― くろ玉にそんな思い入れがあったことを聞くととても嬉しいです。お父様はくろ玉を作る上でどんなところが大変だったかなど、苦労話もされていましたか?

黒砂糖の羊羹をかけるまでにはすごい時間がかかったんだとか、それにうぐいすのあんこをあわせるのには試行錯誤をしたとか、くろ玉というひとつの商品に行きつくまでにはかなりの苦労をしたと聞きましたね。 どういうプロジェクトで、このくろ玉が作られたのかまではわからないのですが、とにかく親父にとってくろ玉を作ったという記憶というか、思い入れはとても強いものでした。 晩年は、認知症になってしまい記憶も曖昧になることも多かったんですが、くろ玉を買って帰ると、とても喜んでくれたんです。 あの頃の暮らしのことは、それでも頭の中から消えていなかったんですよ。 自分が力をいれていたことに対しては、すごい熱量で身体から抜けていない。 職人とはこういう人のことを言うんだなと、実の父親から思い知らされました。

― 昔から黒糖とうぐいす餡のバランスが絶妙なところが、くろ玉の良さでもあり、難しさでもありました。

当時はなかなかない組み合わせだったかもしれませんね。昔の職人はやっぱりすごいんですよ。今の職人とはレベルが違うとわたしは思っていますね。

― それはどういったところなのでしょうか?

例えば、今はコーヒーゼリーでもプリンでもゼラチンなど使わず増粘多糖類を使って作ることが多いですよね。 輸送も保存も楽ですからね。 今はそれが当たり前になっていますが、昔はそんなものはなかったですからね。 そんな中で、あたらしいお菓子を開発していくというのは、職人としてのある程度の蓄積がなければできないことだったと思います。 今の菓子作りは、便利で簡単に作れるという方向に行きがちですが、本質はそうではないはずです。 父たちの時代は、単純に美味しいものを作るための努力や技術に対する執着はすごかった。 わたしなんかがやっていることは、その時代の職人さんたちのやっていたことをなぞっているにすぎません。 原材料も今と昔ではぜんぜん味が違うと思います。 無農薬がどうこうというより、育つ土が違うはずだし、そもそも余計なものが入ることも少なかったでしょう。

― 昔の和菓子の味は今とは違うということでしょうか?

そうなりますね。 今のお菓子の味が悪いということではなく、純粋な美味しさがあったのだと思います。 わたしが修業時代に使っていた丹波の大納言はものすごい綺麗な色をしていました。 今はもうあんな色の豆はないですよ。 ルビーに近いような透き通った色をしていました。 今はもうそんな豆を見ることはなくなってしまいましたね。 もちろん今でも丹波の大納言は美味しいですが、当時はもっと美味しかったんだと思いますよ。 昔は情報量も少なかった時代で、いかにお菓子に対する知識、原材料に対する知識を得るかが、職人としての価値を決めていたはずです。 何と何を組み合わせたらお菓子として最高なものができるという判断を下すこと。 それが今の職人には、なかなかできないことなのではないかと思います。

― それは、くろ玉はあの時代だからこそ産み出されたお菓子ということですね。

父だけでなく、澤田屋さんにいた当時の職人さんたちの努力なくしてはできなかったでしょうね。その時代だけで終わらず、今の時代に受け継がれるお菓子になったのは、そういうことだと思います。

一幸庵(いっこうあん)

住所: 東京都文京区小石川5-3-15 [地図]
電話: 03-5684-6591
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